あなた、誰でしたっけ
私は、人の顔の区別がつかない。
例えば例の48人いるアイドルグループとか。
48人は普通の人もキツイでしょう、もうちょっと抑えてみましょうよ、と。
人数が少なければいいのかというと、そうでもない。
5人だろうと、覚えられないグループもいる。
そして、さらに、名前が覚えられない。
なんとか顔を覚えられたとする。しかし、顔と名前が一致しない。
逆のパターンもある。名前は覚えたけれど、その人がどれかわからない。
高校までは「1年を同じ部屋で過ごす」だけあって、なんとかクラスメートの名前と顔は覚えることができていたと思う。全員ではなかった気もするけど。
しかし、大学に入って以降は、もう完全に覚えることができなかった。
自分の受けている講義の先生の名前が覚えられない。
比較的、真面目に授業は聞いていた。そこそこの成績をおさめていた自負はある。
しかし、先生の名前は覚えられなかった。
「多分、覚える気がないんだろう」と私は考えていた。
必要じゃないから脳が放棄してるだけで。頑張れば覚えられるもんだと。
しかしそれは、会社に入って、見事に打ち砕かれた。
同期のメンバー、そして上司。
覚えるべき人たちだ。特に、上司。
結果としては、全然、覚えられなかった。
覚えようという努力はした。
名乗られるたびに顔の特徴をメモし、名前を書き記しておいた。
人数が多いわけでもなかった。なのに、覚えられなかった。
正直、驚いた。
私、覚えようとしないんじゃなくて、覚えられないんだ、と、やっと理解した。
でも、私みたいなやつはわりといるんじゃないか、と思っていた。
しかし、同期は上司の名前を大体覚えていた。
衝撃であった。どういう脳みそをしているのだ、と。天才なのか、と。
それに反して、私は、漫画のキャラクターは、いくらでも覚えられる。
なんなら、誕生日や血液型、星座まで把握していたりする。
映画の監督の名前、手がけた作品も、覚えている。
なので、記憶力がないわけではない、と思う。
そういえば、現実でも、覚えられる人間は存在したな、と思い出した。
深く関わったことのある人物。
何かしら強烈なエピソードがある人物。
大きな特徴を持つ人物。
昔、大学に所属していたサークルで、後輩たちを動物化したイラストを、遊び半分に描いたことがあった。
私は、後輩たちの顔と名前はだいたい覚えている。
彼らの性格も、自分の把握している限りでは、覚えている。
しかし、同期の名前は、覚えていない。
全員ではないが、だいぶ、抜け落ちている。
関わった回数が少ない相手ほど、思い出せない。
さすがに一応、ひととおりの顔は覚えている。と、思う。
でも、名前が出てこない。
先輩の名前も、覚えきれていない。
顔は大体思い出せるが、名前が出てこない。
どんなことを話したか、どんなふうに遊んでもらったか、出来事は覚えている。
なのに、関わった時間が長い相手ですら、出てこないときがある。
先輩・同期・後輩のそれぞれに対する親愛の情に、そこまでの差はないと思う。
過ごした時間の大きさで考えれば、同期が一番長いだろう。
名前を覚えなくてはいけない優先度で言えば、目上の先輩が最も上かもしれない。
しかし、私が最も覚えているのは、後輩である。
決して、先輩や同期のキャラが薄かったとは思わない。
むしろ全員が濃かった。それぞれ別のベクトルに尖っていた。
カルピスの原液5倍濃縮みたいなヤツ。
透明なのにめちゃくちゃ濃い謎の味がついてる新種のいろはすみたいなヤツ。
普通の炭酸水だと思って飲んだら歯全部溶けそうになるヤツ。
飲めますっていうラベルが貼ってあるのに中身が液体窒素のヤツ。
私が何故、後輩だけをまともに覚えられているのか。
それはおそらく、自分が彼らを「特徴をもったキャラクター」として一度脳に書き込み、絵という形でアウトプットしたからだと思われる。
私は漫画のキャラクターは覚えられる。映画のキャラクターも覚えられる。
彼らは特徴的にデザインされている。
見分けがつくようにするためだ。
そして、個々に何かしらのエピソードを持っている。
印象を強くするため、または共感を呼び起こすためだ。
私は後輩を「特徴を極端に引き出してキャラクター化し、彼らのエピソードから連想したポーズや服装を描いた」。
それによって、私の脳に、彼らが「キャラクター」として登録されたのだろう。
上司がみんな、非常に変わった風貌をしていたら。
妙ちきりんな趣味を持ってたり、語尾が「〜ザウルス」だったりしたら。
もしくは、私服の色をレンジャーものみたいに、バラバラにしてくれたら。
覚えられたんだろうか。
会社をやめた今となっては、わからないことである。
次に人に会うときは、名刺をもらってその裏に、遊戯王カードみたいに、キャラクター化して描かせてほしいなあ、と思う。
それを許してくれないなら、当然のように「私のことを、覚えているだろ?」と、私に向かってこないでもらえれば、と願う。
私は、失礼ながら、あなたのことを、覚えているか、わからない。